「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第五話:小木の岸、ほどけない結び

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第五話:小木の岸、ほどけない結び BAJA
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甲板の隅で、海と空の境目を探していた。

昨日までの陸が遠ざかり、かわりに潮の匂いが濃くなる。

エンジンの低い唸りが足裏に伝わるたび、心が少しずつ整っていった。

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

佐渡島:小木港

第五話:小木の岸、ほどけない結び

 スクリューの低い唸りが甲板の鉄を伝って足裏に集まり、光はまだ薄く白い。カモメの影が手すりを斜めに走り、潮の匂いがヘルメットの内側まで入り込んでくる。小木港が、近づいている。

「お車でお越しの方は、お車まで〜」と響いて、胸の内側で音が跳ねる。あわてて彼女のもとへ降りると、BAJACOは太いロープでがっちりと抱きとめられていた。出航前、固定の人に「よろしくね、お願いね」と目で念を押したのが効きすぎたのだろう。フォークとフレームの間、結びは固く、タイヤはゴムマットに沈んでいる。甲板の冷えがグローブ越しに残り、指先だけ汗ばむ。少しだけ、BAJACOが苦笑いしている気がした。

係の人が来るには早いらしい。階段をもう一段だけ降りて、探検。思っていたより車は多く、五台。三台でも五台でも、この静けさは同じだ。輪止めの黄色、オイルと海の混じった匂い。バイクは私だけ。そりゃそうだ、まだ寒い。肩のチャックを一つ上まで引き、息を整える。

ここから先は佐渡島。そう思うと、胸の奥に小さく灯りが入る。接岸の爆音が厚みを増し、ロープの結び目がかすかに震える。係りのおっちゃんを待ちながら、私はただ立つ。立って、手すりの冷たさを左手に移し替える。そうしているうちに、緊張の回路が勝手に動き出す。グローブを落とし、拾おうとしてヘルメットを座席に置き、置いたことを忘れかけ、写真も撮りそびれる。文通でやりとりしていて、まだ会っていない人に会う前の、あの宙ぶらりんの感覚に似ている。

やがて、足音。私は一礼だけして口をつぐむ。結び目は手際よくほどかれ、ロープの跡がタイヤの側面に細く残る。BAJACOのシートを軽く叩いて「行こう」と小さくつぶやく。エンジンが温まるまでの数呼吸、チョークを少し戻し、右手をわずかに回す。

波の音が、遠くなる。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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