[PR] 当サイトはアフィリエイト広告による収益を得ています。
夜の雨が去ったあと、世界が一度リセットされたようだった。
空気の粒が澄みきって、息をするたびに胸の奥が洗われる。
そんな朝に、旅はまた静かに始まる。
「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

第七話:松蔭の青、港の名残
テントの外皮を叩く粒の音が、まだ夢の底にいた耳をやさしく重くする。モンベルのシュラフの内側はぬくく、頬に当たる呼気が少しだけしっとりしている。もう少し、とまぶたを閉じかけたとき、ファスナー越しに光が差して、鳥の声が層になって押し寄せた。指先でジッパーの金具をつまむ。上げる音が、眠気の背中を軽く押す。
幕の隙間から、青。空も海も、青。夜の間に走った雨は、フライシートの上で粒の跡になって、朝の角度を拾っている。私は外に出て、まだ濡れを残した前室のポールをそっと撫で、靴底の泥を草で落とす。足もとに置いた袋から、昨晩のごはんで握ったおにぎりを一つ。塩が少し多いのは、昨日の雨の名残りみたいで悪くない。
風をよける松が一本、ちょうどテントの背後に立っていた。昨夜は雨に急かされ、ペグの角度と張り綱のテンションを合わせるだけで精一杯だった場所決めも、朝の目で見れば申し分ない。松の影が地面に薄く敷かれて、海の青と重なり合う。ここは、いい。声に出さず、小さくうなずく。
二つ目のおにぎりを半分だけかじり、周りを歩く。昔は港だったと、礎石の並びが教えてくる。私は昔から港が好きだ。船の出入りの音が、陸の時間と海の時間を結んでくれるからだろう。そう思いながら、喉の塩気を舌で確かめる。濡れた松の匂いが、バイクのオイルに遠い親戚のように触れる。
今日使うぶんだけの荷物をBAJACOに。貴重品は身に、残りはテントの奥へきちんと寄せる。順番はいつも同じ。工具袋は左、調理の袋は右、雨具は入口近くに立てておく。ファスナーを下ろすと、幕に沿って視線が斜めにずれて、ああ、と気づく。テント、ゆがんでいる。昨夜の風と、私のせわしない手つきの共同作業だ。
戻ったら張りなおそう。ペグの角度は五度だけ内へ、張り綱は一本だけ緩める。頭の中で手順をなぞり、BAJACOのシートを軽く叩く。彼女は何も言わないが、促す気配がある。ヘルメットのストラップを指で弾き、グローブを握り直す。四月十日の、二日目の朝だ。
テントのファスナーが下まで落ちる小さな音のあと、波の呼吸がすこしだけ遠のいた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
fukumomo3_photo



コメント