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次の港へ急ぐわけでもないのに、胸の中だけが少し前のめりだ。
雨の名残を踏むたび、BAJACOの鼓動が島のリズムに合っていく。
地図よりも風向き、標識よりも潮の匂い。
今日の道は、身体で覚えるつもりで走る。
「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

第九話:おけさばし、島の流れにのる
大佐渡スカイラインは、「通行止めだよね〜」と、自分に小さく言ってみる。風は弱く、港のほうから低いエンジン音が寄せては離れる。光は薄く、路面の水の名残に斜めの帯を置いて、グローブの甲をかすかに冷やす。四月十日の朝、アイドルスクリューを少し戻し、アイドリングの鼓動を数えてから息を整える。
ドンデン山が正面に座り、追越車線の長い直線が、島に似合わない速度をこちらに勧めてくる。私は三速で置いていく。路肩の砂がゆるく寄り、ミラーの端で肩が小さく揺れる。工具袋は左、雨具は入口側、貴重品は内ポケット——順番は昨日のまま。手首の内側に、まだガソリンと油の匂いが残っている。
やがて、両津港に近づくにつれ、田の切れ目が途切れ、建物の密度が増える。港の看板を追って曲がると、静かな岸壁とリフトが見え、荷が上下している。「あれ、しょぼい」と喉の奥で言ってから、貨物専用の港だと気づく。地図にない間違いは、少しだけ姿勢を正す儀式みたいで嫌いじゃない。
「おけさばし」と大きく描かれた文字に目が止まる。反射的に、「どやさ」と一人で笑ってしまう。誰も傷つかない笑いは、体温を半度だけ上げる。信号が青になり、私は島の流れに戻る。
バスの背に追いつく。排気が重く、少し匂う。二車身ぶん距離を置き、40キロの針をわずかに下で保つ。トコトコ、と膝に集まる熱が落ち着くまで待つ。彼女——BAJACO——が背中で「それでいい」と促した気がして、タンクを一度、軽く叩く。
橋を渡ると、港の音が少し遠のき、潮の匂いが和らぐ。指先の汗ばみをグローブの内側に移して、シールドを一段だけ上げる。町と田のあいだの速度は、誰のものでもない。こうして島の時間に合わせていくのだと、断言はせずに、呼吸だけ合わせる。
おけさばしの白がミラーの端で薄くなり、バスのエンジン音が背後へゆっくり遠のいた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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