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こんにちは、fukumomo3_Photo(@fukumomo6_com)です。
朝の冷たさがグローブの内側まで残っている。
港の匂いと山の気配が、同じ息の中でゆっくり混ざる。
BAJACOの鼓動を数えて、アイドルスクリューを少し戻す。
左へ、島の背をなぞる準備はできている。
「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

第十話:左ウインカー、島の背に残る白
風が細く鳴り、路肩の砂がミラーの端で鈍く光る。港の音は背中の遠く、四月十日の空気はまだ冷たい。両津の手前で、山へ誘う小さな看板が、こちらを見た気がした。私は左ウインカーを静かに落とす。BAJACOのアイドリングを少しだけ上げ、深呼吸を一つ。シールドの隙間から入る匂いに、雪の気配が混じる。
登りは、シートから腰を浮かせ、ステップに体重を集める。三速のまま、指二本でブレーキを添え、スロットルをわずかに開け戻す。轍の底で氷が鳴り、後ろ足が空回りするたび、踵に伝わる鼓動が薄く乱れる。どれだけリヤに荷重を送っても、滑る。汗が顎の内側を伝い、曇ったシールドの曇りをひとつ指で拭う。ミラーに映る自分の頬は真っ赤で、「あんた必死やん」と喉の奥で笑う。
ここが限界。スタンドは立てない。両足で雪の縁を削り、半歩ずつ向きを変える。下りのほうが怖い。エンジンブレーキを強くしすぎないよう四速、クラッチは指一本ぶんだけ遊ばせる。前へ出す視線と、足もとの白の距離が、思っているより近い。BAJACOが小さく身じろぎして、「ゆっくり」と促した気がした。私はうなずき、タンクを軽く叩く。
白が途切れ、アスファルトの黒が戻る。ふっと息がほどけて、指先の汗ばみがグローブの内側に移る。沢の音がひとつ下から上がってきて、私は停める。BAJACOのミラー越しに、澄んだ流れ。さっきまでの熱が、喉の奥で小さく鎮まる。
湧水。古い桶のそばに、誰かの置いたコップ。グローブを外し、掌のひらで受ける冷たさ。鉄の縁が指に触れ、透明がからだの中を細く通る。さっき山で空へ撒いた排気のことを少し思い、肩のチャックを一つ上まで引く。こんないい場所で、音を大きくしすぎないように。コップを元の位置に戻し、ありがとう、と小さく言う。
エンジンをかける前に、工具袋を左、雨具を入口側、貴重品は内ポケットへ——順番を確認する。島の流れに戻る合図を、ひと呼吸置いてから。アイドルスクリューを戻し、右手をほんのわずか回す。
排気の音がやわらぎ、沢の水音が、ゆっくりと遠のいた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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