「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第十三話:白い橋、音のはざま

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第十三話:白い橋、音のはざま BAJA
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海を離れるたび、静けさのかたちが少しずつ変わっていく。

風は背中を押すでもなく、ただ流れていく。

エンジンの鼓動が遠のくたびに、時間が音をひとつ手放していく。

その先に、まだ見ぬ白い橋が待っている気がした。

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

白い橋に停めたBAJACO

白い橋、音のはざま

 海の音が、少しずつ背中から外れていく。斜めの光がミラーの端に白い筋を置き、袖口に残った潮の湿りがゆっくり冷えていく。私は海沿いの道から離れ、丘へ向かう。高めのギアを一段落とし、キャブの呼吸に合わせるようにスロットルをわずかに戻す。

しばらく登ると、白い橋が現れた。手すりも路面も、塗り直したばかりの白が、周りの春の色をまだ知らないように澄んでいる。前にも後ろにも、誰もいない。私は橋の上にBAJACOを停め、ミラーを正面に揃えてから、サイドスタンドを落とす。キルスイッチを親指で静かに押す。音が、一枚はがれる。

右は、肝がきゅっと縮むほどの落差だった。のぞき込むと、指先が少し汗ばむ。左には滝。水が崖肌をまっすぐ落ちて、空気の粒を震わせる。波の寄せる音、滝の落ちる音、山からの鳥の声——層になって胸のあたりを行き来する。私はヘルメットの顎紐を少し緩め、目を閉じる。耳の奥で、音がゆっくりと入れ替わり続ける。しばらく、そこに立っているだけでいい。

やがて目を開け、顎紐を締め直す。BAJACOのタンクを一度だけ軽く叩き、セルを回す。排気が戻ると、滝の音が半歩下がる。橋を下り、島の速度へ復る。四月十日、二日目の空はまだ冷たく、指の腹に乾いた風が当たる。

スタンドで止まり、彼女に飯を食べさせる。ノズルのレバーを握る手に軽い油の匂いが移る。燃料タンクの入り口ギリギリより少し下にガソリンがあることを確かめ、キャップのネジ山を一つずつ合わせて閉める。レシートを折り、スマホのカード入れへ。空を見る。山側から雲が降りてくる。風の向きが変わった。

ここからは、雨具を着ていこう。スタンド脇の白線の内側に足を置き直し、ウエストのバックルを緩める。上から順に——ジャケットの上にレインの袖を通し、ベルクロを指一本ぶん余らせて留め、パンツの裾をブーツの外へかぶせる。フードは要らない。首元のファスナーを顎の下まで上げ、手の甲をグローブに押し込む。工具袋は左、貴重品は内側、雨具の袋は空いたポケットへ移す。順番はいつも通り。

エンジンの鼓動を一度だけ確かめ、深呼吸。右手をほんの少しだけ回す。布の擦れる音とともに、スタンドの軋みが遠ざかり、滝と波の重なりも背中でやわらいでいく。
佐渡島の地図:経路と時間

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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