「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第三十話:木の歯車に頭を下げる

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蛍光灯の白が、展示室の隅でゆっくり鈍り、足音は床に落ちて、すぐに吸われていく

四月十一日、佐渡島三日目の午後三時半、上着の繊維に残る風が、ここだけ別の温度へ

私は模型を覗き込み、時間の層に指先を沈めた。

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

佐渡金山のミニチュア模型:命令する官僚と作業者

第三十話:木の歯車に頭を下げる

 蛍光灯の白が、展示室の角で少しだけ鈍っている。足音は床に落ちたあと、すぐに吸われてしまう。四月十一日、佐渡島三日目。PM15:31。外の風の匂いをまだ上着の繊維が覚えているのに、ここだけ別の温度が、ゆっくりと私の指先を落ち着かせた。

上から覗き込むと、家並みがきちんと折り畳まれている。長屋の廊下の暗さとか、玄関先の小さな段差とか、私が生まれた頃の昭和が、模型の端から静かに立ち上がってきた。懐かしいと言うには、距離があるのに、体だけが先にうなずく。

木でできた仕掛けは、からくり人形の中身みたいに律儀だ。石を砕く、竹で編まれたカゴ、ふるいにかける手つき。着物に鉢巻きの人形たちは、もののけ姫の娘たちを思い出させるのに、もっと古い時間の層を纏っている。何を選り分けているのか、私はよく分からないまま、分からないことをそのまま掌に乗せて眺める。

指を差す人がいて、見られる側がいる。不正がないように、という筋書きは、いまにも似ている気がした。似ている、と言い切るのは乱暴だから、私の中で小さく留めておく。ただ、監視する視線の角度だけは、昔から癖があるのかもしれない、と。

溶かす場面に移ると、急に暑さが想像で肌に貼りつく。踏みしめる足、火の前の顔。型に流される金属は、映画の金塊よりずっと大きな型に見えて、重さの単位が変わる。ふんどし姿が勇ましい。締めたことのない私が、かっこいいと思ってしまうのは、たぶん勝手な民族性の反射だ。

牛の背の丸みが、黙って働く手助けになっている。働きアリ、なんて言い方は失礼だと分かりつつ、黙々と続く日々の感じが、模型なのに伝わってくる。日曜日ってなんですか、とでも言いそうな規則正しさ。そこに鞭は見えないけれど、指導の強さは見える。見張る側のほうが、いちばん怪しくないか、と私の中の小さな悪口が頭を出して、すぐに引っ込む。

ミニチュアなのに、なにかが宿って、私にだけ短い合図を送ってきた気がした。私はヘルメットを持つ手に少しだけ力をいれ、模型に向かって小さくお辞儀をする。ありがとう、と声にしないで。

外へ出ると、駐車場のほうからBAJACOの気配が待っている。
だけど次は、同じ佐渡金山の別の施設へ行く予定だ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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