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青い炎が小さく脈を打ち、テントの裾で風が応える。
ノブをわずかに絞るたび、温度と時間の間合いが手に戻る。
イカの肝がはぜ、北雪が舌をほどく。
今夜は撮らず、ただ焼いて、ただ聴く──炎と海の呼吸を。
「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

第十九話:青い炎の間合い
風の層がテントの裾を撫でていく。薄い光はもう地面から離れ、前室に置いた金属の縁だけを鈍く拾う。指の腹に残る潮気が少し冷たい。息は白くはならないが、手首の内側を冷やすには十分だ。
ドラゴンフライを野営場に備え付けられている木製のテーブルの真ん中に置き、バルブをわずかにひねる。皿に、BAJACOからいただいたガソリンをほんの指先ぶん。少し湿ったマッチから火を移すと、赤が揺れ、上皿の金属がじわりと熱を拾いはじめる。少し煙が目に染みて匂いは鋭いが、すぐに落ち着くことを私は知っている。
熱が芯へ渡ったころ、バルブをもう少し。ゴー、という厚い音が腹のほうへ届き、炎は青に変わる。調整ノブをつまみ、音がひと呼吸ごとに細くなったり太ったりするのを、子供のように指先で聴く。安定までの数分が、いちばん楽しい。待つことでしか近づけない温度と距離がある。
「佐渡島の味」と書かれた小さなイカの丸干しを三枚、網の上に置く。水分の抜けた身が、最初は黙っている。やがて脂がにじみ、音が変わる。じわりと乾ききれなかった肝が申し訳なさそうに顔を見せる。肝が滴りドラゴンフライの皿に当たり煙が上がる頃、左手の「北雪」を掌で軽く温め、栓を少しだけずらす。酒の口は、青い炎の機嫌に合わせるのが礼儀だと、勝手に決めている。
炎が落ち着く。イカの縁がわずかに反って、香りが立つ。口を湿らせると、舌の上で塩がほどける。その瞬間、肝が口の中で弾けた。熱い。声を出せない舌を慰めるように、慌ててレンズケースに入れてあるぐい呑みに「北雪」を溢れるほど入れ啜りながら、ぐいっと飲み干す。熱くなった舌を通り過ぎる。すると、まるでフルーツのような甘味を一瞬感じさせる。一気に肝と北雪は私の一部となり、今夜の冷たい風と私の体を踊らせた。
うまい酒は、Rolleicordで昔撮影した四角い写真を思い出す。「今日の粒子は、波の白と同じ景色だったな」と分かったようなことを口走りながらぐい呑みはやがて転がった。今回の現像の宛先は封をした。だから今夜は、ただ焼いて、ただ飲む。酔っ払ってここで寝てしまうことだけは避け、工具袋は左、貴重品は体に寄せ、ジェントスはホヤを外したまま。灯りは足りないが、青い炎があれば困らない。ノブを指先で半刻ぶん絞る。
ゴーという音が薄くなり、外の波の呼吸が、静かに遠のいていく。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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