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佐渡金山の坑道に足を踏み入れると、単気筒の鼓動はあっさりと外に置いていかれる。
聞こえてくるのは、蛍光灯のうなりと、自分の長靴が鳴らす「きゅっ」という足音だけ。
明るいけれど暗い、湿った空気の廊下を、蝋人形たちの視線を借りながら少しだけ遡っていく。
「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

第二十七話:明るいけれど暗い坑道で
靴底がコンクリートを離れ、トンネルの口を一歩くぐった瞬間、外の音がすとんと落ちた。四月十一日、三日目の午後一時過ぎ。さっきまで耳の端に残っていた観光バスのアイドリングも、人の話し声も、背中側でゆっくり閉じていく。前に伸びるのは、低い天井と、少し湿った空気だけだ。
頭上すれすれのアールに合わせて蛍光灯が並び、光がトンネルの底に薄くたまっている。私の背でぎりぎりくらいの高さだから、気持ち少しかがみ気味になる。歩を進めるたび、長靴の底が「きゅっ」と鳴る。その音が、ほんの一拍遅れて壁から返ってくる。自分の足音だけが、ここでは他人の声の代わりだ。
ふと見上げると、天井の配線や金具が、そのまま時間を巻き取ってきたように残っている。恐る恐る指先で触れてみる。鉄とコンクリートの継ぎ目は、ひやりとして、少しだけ汗ばんだ自分の手の温度を奪っていった。地下何メートルなのか分からないけれど、地上とは別の季節がひとつ沈んでいる感じがする。
曲がり角の向こうに、トンネルのカーブに合わせてしなった電光看板が現れる。観光用に作られた、きれいすぎる案内板。それでも、この地下の湿りと同じ半径で曲げてもらっているのが、なんだかうれしい。ここで働いてきた時間と、いま遊びに来ている時間が、同じアールの上で少しだけ隣り合っている。
さらに進むと、暗さに目が慣れた頃合いを狙ったように、蝋人形の作業員が現れた。ハンマーを振り上げた姿勢のまま、ただ前を向いている。いまは電気のおかげで「明るいけど暗い」程度で済んでいるが、当時はきっと、もっと、ずっと暗かったのだろう。蝋燭かカーバイドランプか、その小さな炎の周りだけが世界だったはずだ。
こんな狭さと湿度のなかで、毎日岩を砕いていた人たち。家族のためだったのか、逃げようのない命令だったのか。どちらにせよ、気が変になってしまった人もいたのかもしれない——と考えかけて、ハンマーを握る手元に目を落とす。蝋でできた指先は何も言わないが、「見ていけ」とだけ促された気がする。
強面のおじさんの顔を覗き込む。このときの私は知らないが、あとでこの人は、横を通った瞬間にそっと振り向く仕掛けになっている。きっとセンサーか何かだろう。それでも、一人で歩いている身には、心臓によろしくないサービスだ。いまはまだ、ただ前だけを見ている静かな横顔として受け取っておく。
足音は、相変わらず私のものだけだ。天井から落ちるわずかな滴が、時々ぽたりと床を打つ。外の光はもう届かない。代わりに、坑道の奥から、さらに別のコースへ続く暗がりが、ゆっくりと目を開けて待っている。
まだ、この金山の中の時間は、ここから先に続いている。そう思いながら歩を進めると、私の足音だけが、トンネルの奥へ静かに遠のいていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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