「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第二十八話:気配に振り向く金山で

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第二十八話:気配に振り向く金山で BAJA
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地上の光を背中に置いて、静かな穴倉へ降りていった。

滴の音と蝋人形の沈黙が、時間の針をゆっくり鈍らせていく。

誰もいないはずの背中に、気配だけがそっと寄り添ってくる。

坑道の静けさの中で、“やればできる”という自分の言葉を、そっと握り直してみた。

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

佐渡金山:飯を食べる蝋人形

第二十八話:気配に振り向く金山で

 滴の落ちる音が、奥のほうでゆっくり数を刻んでいた。蛍光灯の白はさっきより心持ち弱く、空気は地上より二、三度低い気がする。上着の前を一つ詰めて、狭い階段の手前で足を止めた。

階段の途中に、人がいる。先のとがった鉄とハンマーを持って、前かがみの姿勢のまま固まった作業員。もちろん蝋人形だと分かっていても、つい呼吸を合わせてしまう。ここを、本当に人が、ほとんど素手みたいな道具だけで掘ったのだと思うと、胸の奥で小さく「人ってすごいな」とつぶやく。私の座右の「やればできる。やらなければなにもできない」が、少しだけ現実味を増して足もとに降りてくる。

当時、LEDライトなんてない。油に火をつけた、頼りない炎だけが、この岩肌を照らしていたはずだ。炎の匂いと、鉄の汗と、人の息。そんな想像をしていると、いま自分の持っている小型ライトが、少しだけ気恥ずかしくなる。

「頭上にご注意ください。」と書かれたプレートの下をくぐる。低い天井に、ほんとうに注意が必要な高さだ。私一人だけの館内。靴底の音と、時々どこかから落ちる雫の気配だけが、背中を追いかけてくる。ふと、さっきの人形たちがそっと階段を上がってくる姿を想像してしまい、振り向く。もちろん、誰もいない。少し残念で、少しほっとする。

薄く水のたまった窪地に、小銭が沈んでいた。鳥居の割れ目や岩の隙間に硬貨が差し込まれている景色を、何度か見たことがある。ここも同じだ。なぜ、お金を入れるのだろう。皆がやるからやってみる、というのがあまり得意ではない私は、ポケットに手を入れたまま立ち止まる。今日ここを見せてもらっていることへの感謝だけ、胸の内でそっと渡しておく。

曲がり角の先には、昼休みの風景が切り取られていた。弁当箱を前にした作業員たちの蝋人形が、静かに座っている。あえて一体だけ本物を紛れ込ませて、突然走り出したら——なんて、くだらない想像をしてみる。そんな仕掛けはないと知りつつ、「もしかして目だけ動くんじゃないか」と、何度か見直してしまう。誰も動かない。その沈黙が、この地下の時間を少しだけ厚くする。

当時のままのトンネルに、最低限の階段だけを付けた通路を進む。壁の湿りに、指が触れるか触れないかの距離で歩く。背後から、さっきの食事中の人形たちが、そっと立ち上がる気配がした——ような気がして、思いきり早く振り向く。やはり、誰もいない。少しだけ安心して、階段をもう一段下りる。腕時計の針は、十四時一分を指していた。

滴の音は変わらず、遠くで続いている。BAJACOを停めた斜面のことをふと思い出しながら、私はもう少しだけ、この金山の奥へ足音を進めていくつもりでいる。
Rolleicord 400TX

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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