「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第二十九話:蟻の巣とたぬき穴のあいだで

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第二十九話:蟻の巣とたぬき穴のあいだで BAJA
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四月の坑道で、ひんやりした空気を吸い込む。

指先には、子どもの頃にふさいだ蟻の巣の感触がよみがえる。

たぬき穴の小さな闇の向こうに、岩を掘り進んだ人たちの息づかいを探す。

遠くで滴る水音だけが、過去と今をそっとつないでいた。

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

作業する佐渡金山の蝋人形

第二十九話:蟻の巣とたぬき穴のあいだで

 滴の音が、さっきよりさらに遠くで小さく跳ねていた。蛍光灯の白は心もち黄味を帯び、四月十一日の午後二時過ぎの坑道は、地上より数度低い冷たさで袖口を撫でる。丸太で支えられた通路の脇、ぽっかり……というより、きゅっとつまんだような小さな穴の前で足が止まった。

これ、人が入ったのだろうか。肩幅どころか、子どもの腕一本ぶんくらいしかなさそうな口径。説明板には「たぬき穴」とある。細い鉱脈を追って、やっとくぐれるほどの坑道——と書かれているが、どう見ても「くぐれる」の手前で詰まりそうだ。胸の奥で思わず「うそでしょ」とつぶやいて、口には出さない。

子どものころ、アリの巣の出入り口を指でふさぐのが好きだったことを思い出す。黒い小さな粒たちが、最初はうろたえて、すぐに黙々と砂を運び出し、新しい出口を開けてくる。何度ふさいでも、何度でも。あの根気強さをおもしろがっていた私は、いま思えば完全に加害者側だったのだが、ここに立つと立場が逆転する。ふさがれた岩の向こうから、「まだ掘れる」と信じて少しずつ前へ進んだ人たちがいた。

別の小さな広間では、下で土を受け取る人と、上から桶を渡す人の蝋人形が向き合っていた。木の桶の縁は、リアルに擦り減っていて、指で触れればささくれが刺さりそうだ。最初は「よくできてるな」と笑っていたのに、じっと見ているうちに、肩の角度や膝の曲がり具合から、息づかいのようなものが立ち上がってくる。まるで働き蟻、なんて言い方は失礼かもしれないけれど、一つの筋を信じてコツコツ進む姿は、ただただかっこいい。胸の奥で、いつもの「やればできる。やらなければなにもできない」が小さくうなずく。

できることなら、ここで休憩していた誰か一人でいいから、今に来てもらって話を聞いてみたい。どんなふうに暗さに慣れて、どんなふうに仲間と冗談を言っていたのか。聞けない代わりに、蝋人形の横顔に小さく「ありがとう」の願いを心の中で渡す。

少し進むと、急に空気がゆるむ一角があった。作業員たちが円になって座り、「金銀山大盛」と書かれた札の周りで目だけ妙にコミカルな仮面をつけている。思わず心の中で「ドリフか」とつっこんでしまう。きっと当時は大真面目な儀式か作業だったのだろうけれど、こうして少し笑わせてもらえるのも、歴史との付き合い方の一つかもしれない。笑いながら、でもやっぱり、この人たちがいたおかげで今の佐渡があるのだと思う。

丸太で支えられた出口の向こうに、外の光が細く射している。足元のコンクリートから土の感触に変わる境目でいったん止まり、振り向いて、誰も動かない坑道の奥にそっと一礼する。ついてきてはくれないと分かっていても、「行ってきます」と「ありがとう」を混ぜたような気持ちで頭を下げる。

外に出ると、観光バスのアイドリングと売店の自販機のモーター音が、現実の明るさといっしょに押し寄せてきた。パンフレットの端を折り返し、地図の別の丸印を指でなぞる。この山には、まだもう一つ、見に行きたい施設がある。

次の建物へ向かって歩き出すと、背中のほうで、坑道の滴る音と蝋燭の気配だけが、ゆっくりと遠のいていった。
Rolleicord 400TX 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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