「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第二十五話:水際のまばたき

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第二十五話:水際のまばたき BAJA
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潮の匂いが薄く満ち、佐渡の空はまだ低い。

単気筒の鼓動は手袋の内側に残り、相棒は静かに息をひそめる。

守るための暗さに慣れると、水際でひとつ、白いまばたき。

きょうは、あの瞬きに導かれて走った小さな旅の話。

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

第二十五話:水際のまばたき

 低い工事音が床を伝い、展示室の明かりは守るための暗さだった。湿り気は少ないのに、ガラスの向こう側だけ春の匂いが濃い。AM11:47、トキの森公園の新館。私は息をひとつ細く吐き、網の目の細かさを目でなぞる。

最初は遠かった。止まり木の影の、白とも灰ともつかぬ揺れ。飛ぶところは見られない、と聞いて少し肩を落とす。天井の高さが、そのまま鳥の気分の天井でもあるのだろう。係員の女性は、こちら側は暗いから見えにくいのよ、と囁いた。信じたい時の私は、素直だ。

やがて一羽が、音もなく降りた。水場へ向かって、ただ歩く。50mmでも足音が聞こえそうな距離まで来てくれて、二人で小さくはしゃいだ。嘴の長さを見て「伸びたら誰が切るのかな」と、余計な想像を胸の内で転がす。餌の粒を探す首の角度が律儀で、我が家の文鳥「ぶんち」を思い出す。配色は似ていて、似ていない。

水を一口。喉が動くたび、こちらの鼓動が一拍遅れて追いかける。係員さんは安心の笑み、私は興奮で指先だけ汗ばむ。暗がりのこちら側からは見えないらしい——それでも、目が合った。合ったのだと、今も思う。網の目の一つぶんだけ呼吸を近づけた、その瞬間。

剥製を見てきた直後だったせいか、羽の縁がやけに柔らかく見える。換羽の季節には、どこかに一枚落ちているだろうか、と子どもみたいな欲を一瞬だけ抱く。言わないでおく。ここでは、拾うより待つが礼儀だ。

「いま、佐渡で何羽?」と訊くと、係員さんは小走りで奥へ消え、「確認されているのは六十七羽」と戻ってきた。裏方の男性の係員さんも加わって、三人になった空気がふっと温まる。放鳥の話、田の苗の話、静かな笑い。私はうなずきの間に、「BAJACOで探してみよう」とだけ、胸の内で決めた。

ありがとう、と小さく頭を下げる。パンフの角を指で折り返し、網に一礼する。外へ出ると、工事の低い振動が薄れ、靴底の音が砂利の上でほどけていく。

園を離れる門をくぐる頃には、羽音の記憶だけが静かに残り、音はゆっくり遠のいた。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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