「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第二十六話:看板の波、山の入口へ

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」第二十六話:看板の波、山の入口へ BAJA
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佐渡を走っていると、海や山より先に目に飛び込んでくる。

コンビニの黄色、しまむらの白い文字、観光地の案内板。

単気筒の鼓動と並走しながら、その一枚一枚が「こっちだよ」と島の奥へ手招きした。

「単気筒の衝動|XLR250BAJAと私の物語」

佐渡金山のトンネル

第二十六話:看板の波、山の入口へ

 工事の低い振動がミラーの端から抜けていき、BAJACOの単気筒だけが足もとに残る。トキの森公園を背にすると、光が一段明るくなった。AM11:55、早春の佐渡の真ん中あたり。ウインカーを戻し、国道350号線へ滑り込む。

道は急に「都会」になる。アスファルトの黒が厚く、白線はまっすぐで、店の看板が空を切り取っている。SAVE ONの黄色い板が、雲の隙間の白さと競い合うみたいに立っていた。

単気筒の鼓動と、コンビニの自動ドアの電子音。どちらも等間隔なのに、BAJACOには少し似合わない気がして、アクセルをほんのわずか緩める。その先に、しまむらの看板。青い空に流れる雲の下で、白い文字だけが場違いに落ち着いている。

靴下、欲しいな、と思う。昨日の雨でちょっと冷えた足首が、長靴の中で正直に主張してくる。
ウインカーに指をかけて、やめる。止まりたくないのだと、自分で苦笑いする。走り出してしまえば、物欲より路面の粒立ちのほうがずっと忙しい。

やがて、県道の標識が現れる。少しだけ迷って、少しだけ間違えて、正しいふりをして曲がる。
道幅が細くなると、肩の力が勝手に抜けた。封鎖された古いトンネルが、カーブの向こうにぽつんと口を閉じていた。BAJACOの排気音だけが、山の斜面で一往復して戻ってくる。

標識の数が減り、代わりに「佐渡金山」の文字が増えていく。トキの森公園も、看板が多すぎてどこが入口か分かりにくかったけれど、金山も同じで、迷いたくても迷えない。同じ文言が何度も何度も現れて、夢の中のテロップみたいに視界を占領する。観光というのは、だいたいこのくらいの看板密度なのだろう。

駐車場に入ると、まず傾斜が目に飛び込んでくる。バイク専用と書かれた一角は、なぜかトイレのすぐ横。サイドスタンドがほとんど効かない角度なので、BAJACOを斜面に対して少しだけ頭から下げ、バックで収める。クラッチを握った左手の中で、坂の重さが一瞬だけ増え、ふっと抜ける。エンジンを止めると、単気筒の余韻が膝裏からゆっくり消えていった。

シートバッグの端から、おにぎりを一つ。トイレの横でも、米はうまい。昨日炊いた佐渡産の塩気が、少し乾いた空気の中で舌に戻ってくる。紙包みをたたんでポケットに押し込み、金山の斜面を見上げる。山なのか丘なのか、輪郭は曖昧だが、そこに人の時間が積もっていることだけは分かる。

入口の建物に入ると、空気が少しだけ冷たくなる。受付のカウンターの上で、パンフレットが整列している。「二つのコースがありますが」と、係の女性。私は迷う間もなく「両方」とだけ告げる。声に出した途端、靴の中のつま先が少しだけ前のめりになった気がした。

チケットを受け取り、ヘルメットを小脇に抱える。坑道へ続く通路の先は、薄暗い。裸電球が一定の間隔でぶら下がり、階段のコンクリートが一段ごとに温度を変えてくる。外の気配が背中のほうへ遠ざかり、観光バスのアイドリングも、トイレの換気扇の音も、少しずつ聞こえなくなる。

単気筒の鼓動に代わって、地下へ向かう空気の音だけがゆっくりと近づき、私は一歩ずつ、その中へ沈んでいった。
佐渡島の地図と経路

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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